2013年 05月 07日
ALLA VENEZIANA |
長年ヴェネツィアに通い、東京に住みながらも小さなエネルギ—で豊かに暮らす都市型スローライフ「ヴェネツィア的生活」を標榜し、身をもって実践すること十数年。今こそ、ライフスタイルの改革が必要だと切実に感じています。脱原発とライフスタイルの改革はセットの思想です。私たち市民ができる政治的な活動には限界がありますが、暮らしの中で価値観を見直していくことは、誰でもが今すぐできます。イタリア人は日本人より数倍よくも悪くも政治に関心が高い。バールでの会話のネタのほぼ半分は政治かも。無関心層なんてありえません.。身近な人たち、友人知人ともっと社会や政治のことをおそれず語り合うことも大事です。私がヴェネツィアの暮らしから学んだものは、まず自分の生活価値を貫くことです。物まねでない、借り物でない自分の価値。いわゆる「お金に換えられない」価値をどれだけ持っているかということ。それは、残念ながら私たちが効率や便利さ金銭的な価値感、大量消費を追究するあまり、失ってきたものです。ヴェネツィアと東京の景観を比較するまでもなく、効率や便利さより確実に美しさや自らの文化を優先して選択する価値観があるからこそ、イタリアの町は美しく保たれているんです。以下は2009年にHPに掲載したテキストです。
ヴェネツィアに行こう(2009年GAZZETTA TENCOより抜粋)
この間ある人から「ヴェネツィアって自販機がないんだって」と訊かれた。当たり前すぎて考えてもみなかったけれど、たしかにヴェネツィア本島に自販機はないかも。あるのは駅の切符の販売機くらいかな。(本土側の空港とかにはもちろんあるけどね)自慢じゃないけど、エスカレーターも私の知るかぎり1ヶ所、COINという中型デパートにあるだけ。それも昇りのみで帰りは階段利用。自動ドアというのもほとんど見かけない。とにかく敷地が限られているから、建物内のファシリティはきっちきちに切り詰められていて、階段も急だし、人間用のエレベーターも必要最小限といった程度。ついでにエアコンのある家庭も少ない。暖房はあるけれど、ガスや電気など公共料金がひどく高いので、できるだけ節約するのが基本の姿勢。部屋の電気をつけっぱなし、なんていうのはありえない。町角のミニスーパーや昔ながらの雑貨屋、食料品店はたくさんあるけれど、いわゆるコンビニというのはない。だから例えばコピーしようと思ったら文房具屋に行くし、小包みを送ったり、電気代や税金の支払いには郵便局に行くのがふつう。たしか東京もちょっと前まではそうだったよね。コンビニ生活にどっぷり浸かり、なくてはならない存在のような気になっているが、ヴェネツィアだとそんなもんなくてもちっとも困らない。東京の生活と比較すると、ある意味ないものだらけだけど、逆に町の美観にとっていかに自販機やコンビニが邪魔なものかがよくわかる。とはいえ最近はヴェネツィアにも携帯ショップやインターネットポイント、1エウロショップに広告用の街頭モニターなんかが急増している。それも何だか不自然でとってつけたようなぎこちなさが漂う。何もかも昔のままであるべきとも思わないが、やっぱりヴェネツィアにはこういうものは似合わない。
生鮮品やパンなどの買い物は、こまめに市場の露店や昔ながらのなじみの店へ。なにしろ用足しを兼ねた町歩きパッセジャータは、途中の路上や立ち寄るバールでの社交も含め大事な日課なので欠かせない。日用品や保存食品はチェーン展開のスーパーで買うこともあるけれど、町の小さな雑貨屋や食料品屋の方が安いことが多いので、スーパーでの買い物は予めチラシでじっくり吟味してから行くのが鉄則だ。いうまでもなく、皆ちゃんと買い物用の布バッグや手押しカートを持参している。エコバッグなどという風潮以前に、小売店では最低限の包装しかしないからバッグ(スーパーのレジ袋は有料)を持っていないと当たり前に困るのだ。野菜や果物も皆量り売り、食品トレーも紙製、いずれにしても家庭から出るゴミの量は多くない。伝統的な家庭のワインの仕入れ方はダミジャーノという大きなガラス瓶を酒屋から買付け、自宅のマガゼンで一家総出で瓶詰めする。(瓶詰めのタイミングは月の満欠け、つまり気圧が大きく関係するので、厳密な決まりがある)この場合、ワインの瓶は使ったら洗って次に使うので、半永久的にリサイクルされる。あるいは量り売りの酒屋に空き瓶を持っていって詰めてもらう。ふつうの瓶入りワインに比べたら断然安いし、地酒や新酒など気ままに選べるのも楽しい。ただしリットル売りのせいかペットボトルを持っていくことが多いので、そのまま食卓に出すとコーラかなんかと間違えそうである。(ズボラな家では清涼飲料のラベルを貼ったままだったりするし)
面白いのは道端にある潮位表示機。市の潮位観測所からの情報が随時オシロスコープで表示されているのだ。シビアな高潮の時には警報が鳴らされることになっているが、通常はこれをチェックすればよい。さらにはパパ・ヴィットリオがそうだったように、運河の流れ方と向きでおよその予報ができるというヴェネツィア人ならではの達人技もある。海に囲まれた希有なる土地に住む人々はアクア・アルタの問題も含め自然のリズムとシンクロしながら生きる術を身につけ、はるか昔から都市型スローライフを実践しているのだ。町が丸ごと世界遺産のヴェネツィア、歴史的建造物や芸術の数々はもちろんだけれど、住人達の暮らしぶりをも遺産として残すべき価値があるのではないかと思う。生粋のヴェネツィア人である我がマンマ・ロージィは、私にとって料理をはじめとするヴェネツィア的スローライフの偉大なるマエストロだ。
by tencovenexiana
| 2013-05-07 18:09
| ヴェネツィア/venezia