スロヴェニアの森にて |
翌日はまぶしいほどの晴天に恵まれた。この日は車2台、総勢10人(と子犬一匹)でのお出かけだ。ハイキングとはいえ、けっこうな山道もあるらしく、皆アウトドアな装備。まずはNATIZONE渓谷沿いに車を停め、近くの小山の中腹を目指す。イタリア、スロヴェニア、オーストリアの3国が境界を接する重要な場所なのだとか。山肌を流れる伏流水がところどころ凍っているが、30分も山歩きしているとマフラーやダウンコートの重装備では汗ばんでくるくらいだ。
ようやく辿り着いた展望ポイントには、自然農法の酪農家があった。ナターレの休暇に入っていたが、普段は新鮮な牛乳やチーズ、卵や鶏肉それに兎肉の直売をしている。雪を冠したアルプスの絶景をバックに鶏が走り回っているのは、のびのびとのどか。昨夜の豊かな食卓も、こういう自然の恵みの先にしっかりと繋がっているのだと実感できる眺めだ。
山を下りたら、いよいよスロヴェニア入りである。数年前に来た時はまだモノモノしいパスポートコントロールがあったが、今回は(ほんの数日前に)EUになったばかりで、もちろんフリーパス。道路脇に何気なく真新しいEUマークのサインがあるだけだ。国境なんて地図上の概念なのだから、越えたところで違いなどないはずと思うものの、やはりスロヴェニアに入った途端にぐっと空気が変わり、どこか素朴で鄙びた感じが漂う。
おまけにあれほど晴れていた空には、鈍く輝く銀色の雲が広がりはじめていた。今にも雪が落ちてきそうな空模様の下、車を停めて川べりに出る。
途中抜けていく森の木々は皆すっかり凍りついた氷細工になり、まるでクリスマスカードの世界に入り込んでしまったようだ。
あの映画「ナルニア国物語」のシリーズもこの森でのロケによる実写映像なのだ。あたりまえだが、まったくナルニア国そのままの世界。初めて見たのだけど、河原の石もひとつひとつ白いビロード状の霜に覆われて、ふんわりした白いマリモみたいになっている。
スロヴェニアの森は時を止めたようにしんと静まり返っていたが、どこか遠くの方でカランコロンというのどかな音がして、やがて彼らの姿が見えてきたのだった。それは簡素な木の柵に囲まれた牧場に飼われているたくさんの山羊たち。白いのや、黒っぽいの、茶色いの、はたまた斑のとかいろいろ混ざっている。我がちに近寄ってきてひとなつこく顔を出すが、何も食べ物を貰えないことが分かると不満気になるでもなく、また同じようにおとなしく散らばっていった。何だかおとぎ話の中のように山羊たちと自然に言葉を交わしたみたいな感じ。その後ろ姿を見送りながら、いいようのないほど平和な気持ちに満たされたのは私だけではなかったと思う。この後、インテルナツォナーレな混成の我々一行は持ってきたスプマンテとパネトーネでBUON NATALEの乾杯をし、この氷の銀世界で世にも贅沢なピクニックをした。