SALE E PEPE/塩と胡椒 |
[SALE E PEPE]2008年 1月
「SALE E PEPE」塩と胡椒----北イタリアはフリウリ州のギリギリ北限、スロヴェニアとの国境近くの山あいの村にあるトラットリアの名前だ。
ナターレ休暇のある晩、ウーディネから3台の車に分乗して向かった。友人の家族たちなんと総勢12人!で食事に行くことにしたのだ。町なかを離れた辺鄙な場所に上質の食べ物屋があるのは、イタリアでは珍しいことではない。
が、小1時間ほど電灯もない真っ暗な山道をくねくねと辿っていく途中、さすがに道を間違えたのではないかといぶかりはじめたその時、まるでおとぎ話のお菓子の家みたいに看板を掲げた1軒家が忽然と出現した。素朴な石造りの戸口はそこだけファンタジックなイルミネーションに照らされ、季節柄プレゼピオが飾られている。時刻は午後9時を回ってあたりはひっそり、山中だけあって寒さもひとしおだったが、扉を開けると大きな暖炉の火が明々と燃える別世界が用意されていた。
我々ときたら、イタリア人夫婦とそのひとり息子、イタリア人とフランス人夫婦とその息子が2人、イタリア人とフランス人カップル、イギリス人男性1人、それから日本人夫婦という、なんともインテルナツォナーレな御一行様。この当然のことながら非常に騒がしい、12使徒あるいは最後の晩餐もかくやの大所帯(ひとり足りないけどね)が案内されたのは、図像学通り?きちんとリネンのクロスがかけられた細長い食卓だった。こうなると席順も気になってくるが、そこは子供たちもいるので自ずと決まっていく。子供に人気があるのはイサオ君の隣の席(面倒がらずに遊んでくれるからだ)。なので中央の最重要人物のポストはイサオ君となり、両脇に子供がふたり配された。
予約したキアラがここは特別な店なのだと力説するだけあって、なかなかこだわりがみてとれる。印刷されたメニューはなく、店の主人がすべて口頭で本日の料理を説明するのもそのひとつ。自家製または地元の素材を使い、伝統料理をベースに新しいアレンジとプレゼンテーションを加えたもので、さらにはナターレの時期ならではのスペシャリテもあるとのこと。
前菜から始まってプリモ、セコンドと流れるような説明に、皆が質問をはさんだりてんでに注文していくのは、さながらテンポのよい芝居を観ているようだ。やっと料理を決めたら、今度はそれに合った地元のヴィーノを選ばなくてはならない。ここに到るまで侃々諤々大騒ぎ、ゆうに第一幕くらいの時間を費やしている。料理の一例を挙げると、トウモロコシのクリームにフリッコ(チーズ煎餅)、ラブロヴァダ(ワイン酢漬けのカブ)のスープ仕立て、カボチャのニョッキのシナモンバターソース(デザートではない)、ソバ粉のポレンタとリコッタチーズ、モンタジオ(チーズ)クリームとポルチーニのムース、山鳩のロースト栗とチョコレートソース等々、つまり主人のいう通り、古い料理を再現しながら味もポーションも軽くしてクリエイティヴなひねりを加えたトレンディーな皿ばかり。
郷土料理のおいしいとこだけつまんで食べることができるしかけになっているらしい。しかもスノッブな気取りはなく、長丁場の食事に子供たちが飽きてくると各々にかわいいノートと色鉛筆を配ったり、食後酒の時間は暖炉の傍に場所を移して村に伝わる民話(料理上手な魔女がいて、村人にリチェッタを授けたという)を話してくれたり、まさに至れり尽くせりなのだ。
スローフードやアグリツーリズモの影響もあってか、最近こういう地方色豊かな、いわゆる地産地消型の店が増えてきているようだけど、ともすると能書きが多い上にスタイリッシュすぎて肩の凝る店だったりすることもある。このようないい意味で力の抜けた雰囲気を醸し出すのには、それなりの余裕というものが必要なんだろうな。さて、極上のヴィーノも調子よくバンバン空けてお喋りも最高潮に。明日は国境を越えてスロヴェニアにハイキングに行くことに決定したようだが、どうなることやら。こういうことはともかくお任せするに限る。私たちの旅の極意(というほどたいしたもんではないけど)は、とにかく友人たちのホスピタリティーに身も心もゆだねちゃうことなのだ。